フロントローディングとは?実施方法から最前線まで解説
複雑な工業製品の品質を、開発段階で効果的かつ効率的に高めるための手法として、さまざまな業界で「フロントローディング」と呼ばれる開発手法が導入されています。後工程で顕在化してくる不具合や課題を、より効果的な対策を施しやすい開発初期に解決しておくという手法です。今では、3Dデジタルモデルを基に、CAEなどで完成後の機能や性能、挙動を予測し、課題を解決していく「モデルベース開発(MBD)」へと進化し、自動車開発の領域などに適用されています。ただし、機能のソフトウェア化が進展し、市場投入後に機能の追加・更新・変更が行われるようになり、フロントローディングの適用先や実践方法にも変化が求められるようになっています。ここでは、フロントローディングについて、その定義から実践方法、さらには自動車業界を例にしたMBDの最新実践動向および今後の展開を解説します。
製造業の最先端事例が学べるセミナーもあるため、足を運んでみてはいかがでしょうか?また、来場だけでなく展示会への出展も受け付けております。気になる方は、お気軽にお問い合わせください。
●ものづくりワールドの出展・来場に関する情報はこちら
複雑な製品の高品質化に不可欠なフロントローディングとは
複雑な製品の高品質化に不可欠なフロントローディングとは
自動車開発などで実践を目指す「フロントローディング」とは
工業製品の開発の理想は、製品企画から構想設計、詳細設計がスケジュール通りに進め、試作品を検証したら不具合なく一発動作させることです。しかし、実際には開発・設計の作業は試行錯誤の連続なのが当たり前。特に開発対象が大規模かつ複雑なシステムで、なおかつ安全性や信頼性の要求レベルの高い製品ともなればなおさらです。こうした開発難易度の高い製品の代表例が自動車であると言えます。
自動車設計者は、時間に追われながらの製品の作り込みという難しい課題と戦っています。製品企画で思い描いた機能・性能・意匠を実現し、さらには型式認証を取得可能な高い安全性・信頼性・品質の製品を期日通りに実現することは簡単ではありません。
図1 大規模で複雑なシステムを短期間かつ高品質に開発するための基本戦略「フロントローディング」のコンセプト
出所:筆者が作成
システム開発の課題解決や価値創出へのインパクト
工業製品の開発にフロントローディングを導入する狙いは、後工程で発覚しがちな問題に対応する際の大きな手戻りの発生を防ぐことにあります。手戻りは、開発の長期化はもとより、開発コストの増大も招きます。近年では、生産・保守などの製品ライフサイクル全体で起きる可能性のある不具合・不都合を見据えて、開発の初期段階で対策しておくこと指す場合もあります。
なぜ、初期段階の負荷を高めた方が、開発を理想に近いかたちで進めることができるのでしょうか。それは、開発が進む前の抽象度の高い段階での設計で意思決定を誤ってしまうと、設計が具体化・細分化・詳細化した後で修正することが極めて難しくなるからです(図2)。
図2 開発工程が進んだ後に不具合が発覚すると、修正には多大なコストがかかる
出所:筆者が作成
コロラド大学コロラドスプリングス校情報システム学部教授のアラン・M・デイビス氏は、著作『ソフトウェア開発201の鉄則』の中で、ソフトウェア開発でのフロントローディングの効果を定量的に示しています。仮に要求仕様書に誤りがあった場合、その後の設計工程で発覚して修正するのには要求仕様策定時比で5倍の、さらに工程が進んでコーディング工程で見つけたら10倍の、テストで不具合が発見されれば20倍の、もし納入時点まで誤りが残っていたら200倍のコストがかかるとしています。
これは、後の工程にいくほど修正方法の選択肢が少なくなり、より多くの工程を遡る手戻りが必要になり、修正に関わる関係者の数も増えてしまうからです。特に、高い安全性が求められるシステムの開発においては修正の選択肢がなくなることは大問題であり、大きな手戻りによって、開発スケジュールそのものの変更を迫られる可能性も出てきます。
ウォーターフォール型開発やMBDとの意味の違い
フロントローディングと目的が似ているシステム開発のコンセプトとして、「ウォーターフォール型開発」や「モデルベース開発(Model Base Development)」と呼ばれるものもあります。これら3つは、開発工程改善の視点と実現に向けたアプローチに関してはほぼ同等なのですが、定義の抽象度が異なります(図3)。
図3 フロントローディングの「ウォーターフォール型開発」や「モデルベース開発」の定義の違い
出所:筆者が作成
ウォーターフォール型開発とは、製品企画での抽象度の高い要件定義を起点として、段階的に設計の具体化を進め、試作、テスト・検証と開発を進め、量産に移行する開発フローのことを指します。上流の工程から下流の工程へと一方向に開発を逐次的に具体化・細分化・詳細化していきます。滝(ウォーターフォール)で水が後戻りすることなく流れ続ける様子になぞらえた呼称です。ポイントは、定めた工程を逆戻りさせたり、飛ばしたり、定められた工程をスキップさせないことです。特に、高品質化が重視されるシステムや大規模なシステムの開発で広く適用されています。
ただし実際には、後戻りのない開発というのは理想ではありますが、実際にシステム開発を進めれば、不具合などが発覚して、後戻りせざるを得ない状況に直面する場合もあります。フロントローディングは、そうならないようにするための視点・アプローチを体系化して、ウォーターフォール型開発の理想を実現するための手法を明確化した設計指針であると言えます。
一方、MBDとは、設計指針としてのフロントローディングを、デジタル技術を駆使して、より具体的かつ現代的な開発手法に落とし込んだ設計戦略であると言えます。コンピュータ上に構築したシステム全体の抽象的な設計モデルを始点にして、システム内各部分の機能・構造・性能を、CAE(Computer Aided Design)で検証しながら後戻りすることなく段階的に具体化・細分化・詳細化を進めます。これによって、フロントローディングを実現します。既に自動車や医療機器、ロボットなど幅広い分野の開発に導入されています。MBDによるフロントローディングの実践に関しては、後ほどより詳細に紹介します。
フロントローディングを実践するための大前提
フロントローディングを実践するための大前提
多角的見地からの設計をレビューする体制の構築が必須
フロントローディングを実践し、開発工程の初期段階にシステムを作り込めるようにして、さらにその効果を最大限まで引き出すためには、以下のような大きく3つのポイントを抑えた開発体制を整備しておく必要があります。
1つ目のポイントは、多角的な見地から設計を検証できる体制を整備することです。製品企画のような初期段階の開発工程での意思決定は、後の工程のさまざまな部分に大きな影響を及ぼす可能性があります。その時点で設計者が良かれと思って盛り込んだ工夫が、後々に思ってもみなかったような不具合を引き起こしてしまう可能性があるのです。このため、開発の上流ほど、多角的始点から設計の妥当性を検証できるようにしておく必要があります。
2つ目のポイントは、担当する開発工程の段階や部分が異なる担当者や生産技術の担当者が集まり、設計データを共有しながら、それぞれの見地から「デザインレビュー」ができる体制を整備することです。デザインレビューを実施すれば、設計者の意図を下流の開発工程や生産技術などの担当者にも理解しておいてもらうことが可能になります。こうしておくことで、下流で些細な不具合が発生しても、上流担当者の意図を汲みながら手戻りすることなく対処できる可能性が高まります。近年、部門を超えて設計データなどを共有するための、開発管理ツールが広く利用されるようになりました。こうしたツールを活用すれば、実際に各部門の担当者が集まらなくても、各人の都合に応じたデザインレビューが可能になります。
開発期間の短縮に効果的な「コンカレントエンジニアリング」
3つ目のポイントは、担当する段階や部分が異なる開発工程を同時並行的に進めることができる体制を整備することです。こうした製品開発での複数工程を同時並行的に進めることで開発期間の短縮やコスト削減を図る開発手法は、「コンカレントエンジニアリング」と呼ばれています(図4)。フロントローディングの効果を高めるためることが可能な手法になります。
図4 コンカレントエンジニアリングの概念図
出所:筆者が作成
一般に、ウォーターフォール型開発のフローでは、前の工程が終わらないと、次の工程に着手することができません。ただし、フロントローディングを実現し、手戻りのない開発を進めることができれば、同時並行的に進めることができる工程が増えてきます。
一般的には設計が終わらないと、量産時の体制を整備することはできません。しかし、設計に大きな変更がないことを前提にすれば、設計の後工程や試作・検証と同時に、生産技術の開発や量産体制の整備を進められる可能性があります。これによって、市場投入までの期間を短縮することが可能になります。
CADモデルの活用でフロントローディングを進めるMBD
CADモデルの活用でフロントローディングを進めるMBD
自動車開発でのフロントローディング最前線
ここからは、自動車開発で実践されている最先端のフロントローディングの様子を題材にして、産業や医療などの他分野でのシステム開発にも展開可能なフロントローディングの将来像を紹介したいと思います。
自動車には、走る・曲がる・止まるといった基本機能に加え、衝突防止ブレーキなどの安全機能やナビゲーションのような運転支援機能、さらには様々な利便性向上機能、快適機能など多くの機能が搭載されています。そして、近年ではそれらのほとんどが電子的に管理・制御されるようになり、車載情報システムはますます大規模で複雑なものになりつつあります。
これによって、自動車開発者の業務は、大規模化・多様化・高度化する車載システムの進化に対応しながら、安全性も担保し、計画通りのスケジュールでの市場投入が求められる、極めて負荷の高いものになっています。その実現には、3D CADやCAE、さらには各種デジタルツールを駆使したMBDによるフロントローディングの実践が不可欠です。
デジタルツールを駆使して、効果的なMBDを実践
自動車開発におけるMBDでは、「Vモデル」と呼ばれるシステム開発フローが導入されています(図5)。全体の大きな流れは、システム設計の工程を終えて、試作品が完成した後に検証や適合・評価といった工程を行うウォーターフォール型開発になっています。Vモデル中でフロントローディングを実現するためには、各設計段階で3DモデルやCAEなどを活用し、後から行うはずの検証や適合・評価を先回り実施して、手戻りのない設計を進めることになります。
図5 自動車開発でフロントローディングを実現するために導入されているVモデルに沿ったMBD
出所:筆者が作成
PDM(Product Data Management)やPLM(Product Lifecycle Management)などの、製品開発やライフサイクル全般の情報管理に適用可能な最新の管理ツールを活用すれば、設計した3Dモデルをデータベース上に置き、多様な専門性を持つ各部門の担当者がリアルタイムでの最新の設計状況や履歴を共有して、レビューできるようになりました。さらに、そこにCAEを利用して多角的観点から可視化した解析結果を添付しておけば、専門外の領域で問題が起きた際にも、その重要性や各担当者の領域に及ぶ影響などが理解しやすくなります。
開発情報を共有しながら、各担当者の専門性に基づいた意見を集約、協議し、合意を得ることで、質の高いコンカレントエンジニアリングを行うことが可能になります。たとえ、車載システムの一部に、開発が後回しになる部分があっても、そこの機能・挙動を仮想的に再現するモデルを当てはめてシステム全体を検証できる環境も実現。コンカレントエンジニアリングが可能になってきています。
実際、自動車開発では、既に完成している実物と開発中システムの仮想モデルを混載させて、連携動作を検証できる環境を構築して開発の効率化に利用するようになりました。そこでは、モデルで記述された制御を検証する「MIL(Model-in-the-Loop)」、モデルから作った制御ソフトウェアを検証する「SIL(Software-in-the-Loop)」、実機に書き込まれた制御ソフトウェアを制御対象の動きを再現するシステムと接続して検証する「HIL(Hardware-in-the-Loop)」などの検証環境が利用されています。
製造業のコトづくり化の中で再定義が進む開発手法
製造業のコトづくり化の中で再定義が進む開発手法
クルマの”スマホ化”で導入されるアジャイル型開発
近年、市場投入した後に、機器の機能を実現するソフトウェアを追加・更新することによって機能向上や不具合を改善し、付加価値を高める工業製品が増えてきています。代表的なものとして、スマートフォンやパソコンが挙がります。そして現在、自動車や産業機器などの高い安全性や信頼性が求められる工業製品においても、同様の方向へと進化させる動きが出てきています。例えば、より多くの機能をソフトで実現する自動車は、「ソフトウェア定義車両(Software Defined Vehicle:SDV)」と呼ばれるようになりました。
こうしたタイプの機器の開発では、技術の進歩や市場での需要の変化に応じて、新しい機能を逐次開発・市場投入する「アジャイル型開発」が行われています。アジャイル型開発では、システムの機能・構成・性能を作り込むのではなく、市場でのニーズや利用環境などの変化に合わせて柔軟に対応・変化させていくことを前提としています。基本的に後戻り(機能変更)せずにシステムを作り込むウォーターフォール型、およびその方法論であるフロントローディングと、アジャイル開発は、開発の基本方針からして異なる方向を向いていると言えます。
ウォーターフォール型とアジャイル型の混載
これまで自動車などの高い安全性が求められる機器のシステム開発では、ウォーターフォール型開発が行われており、その枠組みの中でフロントローディングを目指した開発の環境・体制が整備されてきました。これが、アジャイル型で開発する機能とウォーターフォール型でのフロントローディングで開発する機能の双方を整合させながら、安全で高品質、かつ付加価値の高いSDVを実現できるか環境・体制の整備が課題になりつつあります(図6)。
図6 ソフトウェアで機器の機能を定義する「SDx」時代に求められる開発の環境・体制
出所:筆者が作成
近い将来の多くの工業製品の開発において、ウォーターフォール型でキッチリと安全性や信頼性を作り込むべき機能と、アジャイル型で市場でのニーズに合わせて価値向上させるべき機能を明確に切り分けた開発が求められるようになることでしょう。
その一方で、アジャイル型開発には、設計時には想定できなかった課題にも対処して機器の安全性をより高めるといった、ウォーターフォール型開発では対応不能な切り口での安全性の担保が可能になる特徴もあります。つまり、安全性向上に向けて、アジャイル型開発で開発する機能を増やしていく可能性もありそうです。市場で更新するソフトウェアを開発する際には、ソフトを動作させるコンピュータや制御対象となる機械的機構などの現物が存在することになるため、より精度の高い検証が可能になります。
こうした時代の変化を背景にして、ウォーターフォール型とアジャイル型の生合性を取りながら、どのようにフロントローディングを定義し、実現していくか。SDVのようなコンセプトの製品「ソフトウェア定義製品(SDx)」が続々と登場してくる可能性が高い近未来を見据えて、新たな開発ソリューションが求められているのではないでしょうか。
まとめ
まとめ
フロントローディングは、あらゆる工業製品の開発における理想形です。ただし、その実現には、開発する製品のシステム規模や複雑さ、要件、特徴などに応じたフロントローディング固有の開発環境や体制の整備が必要になってきます。特に、大規模で複雑、なおかつ高い安全性が求められるシステムの開発では、デジタルツールを有効活用したMBDの導入・実践が求められます。
その一方で、スマホと同様に市場投入後にソフトウェアの追加・更新によって価値向上するタイプの機器が増大しており、アジャイル型開発も求められるようになりました。このため、従来のウォーターフォール型開発を前提としたフロントローディングの考え方や開発環境・体制にも、改良・刷新に迫られるようになる可能性が高まっています。この部分は新たなソリューションが生まれる余地であり、近未来の製造業の競争力の差を生み出す論点になるかもしれません。
RX Japan株式会社では、日本最大級の製造業の展示会「ものづくり ワールド」を東京で行うほか、大阪・名古屋・福岡でも開催しております。その中でも、構成展の一つである「設計・製造ソリューション展」では、CAD、CAE、ERP、生産管理システムなど製造業向けITソリューションが数多く出展します。工業製品の開発手法に関する最新情報を一括収集できる貴重な場になります。
製造業の最先端事例が学べるセミナーもあるため、足を運んでみてはいかがでしょうか?また、来場だけでなく展示会への出展も受け付けております。気になる方は、お気軽にお問い合わせください。
●ものづくりワールドの出展・来場に関する情報はこちら
執筆者プロフィール
伊藤 元昭
富士通株式会社にて、半導体エンジニアとして、宇宙開発事業団(現JAXA)の委託による人工衛星用耐放射線半導体デバイスの開発に従事。日経BP社にて、日経マイクロデバイスおよび日経エレクトロニクスの記者、副編集長、日経BP半導体リサーチの編集長を歴任。