複雑化する資材調達の環境、
最新MRP(資材所要量計画)で効果的に対応
生産計画に合わせて製品生産で活用・消費する資材を安定的かつ効率的に調達することは、製造業ビジネスを営む上での大前提だと言えます。ただし、資材調達のタイミング、量、調達先などを最適決定する際には、工場の稼働状況やサプライチェーンの状態などさまざまな要因を勘案する必要があります。そして社会や時代の要請から、勘案すべき要因は年々増え続ける傾向にあります。ここでは、こうした工場での資材調達を取り巻く環境の変化と、それに呼応して最適な意思決定を下すための手法であるMRP(資材所要量計画)についての最新動向を解説します。
RX Japan株式会社では、日本最大級の製造業の展示会「ものづくり ワールド」を東京で行うほか、大阪・名古屋・九州でも開催しております。その中でも、構成展の一つである「製造業DX展」では製造業の業務デジタル化、DXを推進するIT製品、サービスなどが出展します。
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ものづくりの起点を管理するMRP(資材所要量計画)とは
ものづくりの起点を管理するMRP(資材所要量計画)とは
生産物を作るために必要な資材を、確実かつ過不足なく確保
安定的かつタイムリーに必要な資材を調達できるサプライチェーンの確立とその管理体制の構築は、工業製品の効率的生産に向けて、何よりも重要な取り組み課題だと言えます。いかなる業界の工業製品でも、材料や部品、製造装置がなければ作ることができません。
近年では、SNSなどの発達によって消費者が得る情報が増えたことで市場トレンドの変化が激しくなり、さまざまな工業製品の需要変動の見通しがつきにくくなりました。しかも、その変動幅は大きくなる傾向にあります。メーカーが商機を逃さないためには、市場が求める製品を、求められる量だけ確実に生産していくことが重要になります。その実現は、生産量に応じた資材をキッチリと確保しておくことが大前提となります(図1)。
図1 需要変動の増大とレジリエンス強化の要請によって高まる資材確保の重要性
出所:筆者が作成
さらに近年では、自然災害などの非常事態が発生しても安定して生産を提供する体制も求められるようになりました。特に生活必需品や社会活動の維持に欠かせない物資を扱うメーカーでは、供給体制のレジリエンス(強靭さ)強化が強く求められています。
生産に用いる資材の在庫を増やせば、需要変動への柔軟な対応が可能になり、非常事態が起きたとしても生産を継続できます。しかし、製品の低コスト化や企業の利益率向上に向けて生産性を高めるため、闇雲に資材を多く抱え込むことはできません。在庫スペースの余分な確保や維持・管理費用の増大、廃棄資材の発生、棚卸資産増大によるキャッシュフローの減少とそれに伴う資金繰りの圧迫など、在庫の増大にはデメリットが多くあるからです。
多すぎず、少なすぎず。製造業における資材調達は、必要なモノを、必要な量だけ、必要になる時期に調達できることが理想的になります。こうした理想を追求するために考案されたサプライチェーン・マネージメント向け情報管理手法が「資材所要量計画(Material Requirements Planning:MRP)」。MRPは、世界最大のサプライチェーン・マネージメント(SCM)の標準化団体であるアメリカ生産在庫管理協会(APICS)が1970年代に提唱した手法です。
MRPとは、JITや製番管理との違い
MRPでは、必要な資材を確実かつ過不足なくタイムリーに確保するために以下のような流れで工場の操業に関わる情報を管理し、今サプライヤに発注すべき資材の種類や量、時期などを決めます(図2)。
図2 MRPの実践フロー
出所:筆者が作成
まず、生産する製品の過去の受注・販売情報などを基に需要を予測。生産計画を立てます。そして、設計情報なども加味して部品表(Bill of Materials:BOM)を作成。生産計画と部品表から必要な資材の種類、量、時期を割り出します。次に、現時点での在庫情報を加味して、新たに調達しておくべき資材を特定します。その際、在庫情報として、現在保有している在庫の量だけでなく、発注残(発注済で未納分)や仕掛かりなどの情報も加え、発注リードタイムと発注ロットを算出しておきます。その後、各サプライヤの供給能力や納期の実績情報などを加味して、発注する時期、量、発注条件などを決めて、発注します。
製造業の生産現場では、資材などを、必要なモノを、必要な量だけ、必要になる時期に生産するための管理手法として「Just in Time(JIT)」と呼ばれる生産管理手法が広く導入されています(図3)。その目的はMRPとよく似ていますが、資材調達を対象にしたMRPと生産を対象にしたJITでは、管理の起点と方向性が真逆になっています。
図3 JITとMRP、品番管理の違い
出所:筆者が作成
MRPでは生産工程の流れの中で、より前の工程の生産状況を基に、後の工程で必要になる原材料に過不足が発生しないように、発注数やタイミングを導き出して発注管理します。これに対しJITでは、より後の工程の生産状況に目配りして、状況にあった仕掛品が前の工程で出来上がるように生産調整します。サプライチェーンからの材料や部品の調達もまた、工場での生産ラインの状況に応じて取り寄せることになります。このためJITでは、サプライヤ側に柔軟に生産調整できる体制が必要になります。
より後の工程での状況に合わせた生産管理をしている理由は、後工程での仕様や設計の変更が発生する可能性があり、なおかつ過剰在庫を抱えないように工夫した管理手法としているからです。OEMを頂点にしたピラミッド型のケイレツでサプライチェーンを構築している自動車業界に最適化した生産管理手法と言えるかもしれません。
また、生産管理の手法として、「品番管理」と呼ばれる手法も広く実践されています。この手法も、MRPやJITと同様に生産性を高めるための管理手法です。製番管理は受注した製品一つひとつに固有の管理番号を付与し、その製番を参照しながら生産と在庫を管理する手法です。つまり、製品の品種ごとではなく、個別の製品の単位で管理しています。
ただし品番管理は、一品一様で製品仕様が変わるカスタム生産で導入効果が高まる管理手法であると言えます。カスタム生産を行う工場で資材調達を効率的に管理するためには、品番管理の手法を加味したMRPを実践できる体制を整える必要があります。大量生産する製品の工場でも、個々の製品の品質などを管理するために導入し、トレーサビリティの確保や改善活動の参照データとして利用されています。この管理手法も、資材を管理するMRPとは、管理対象が異なります。
工場での資材管理を取り巻く社会と時代の変化
工場での資材管理を取り巻く社会と時代の変化
MRPで期待できる効果と実践時に課題
工場運営にMRPを導入することによって、製造業の経営や生産現場の業務では、さまざまな効果を得ることが可能になります(図4)。
図4 MRPの導入効果と課題
出所:筆者が作成
まず、タイムリーかつ確実な資材供給、リードタイムの短縮が期待できます。さらに、見込みではなく、生産状況に応じた精度の高い調達が可能になります。これによって、市場環境の変化や非常事態の発生によるサプライチェーンの混乱などに対応する、柔軟な調達・供給も可能になります。
また、資材の調達と供給における在庫管理が適正化することによって、過剰在庫や資材不足の発生を防ぐことができます。同時に、在庫回転率も向上します。さらに、在庫管理や資材調達の対象が最少化することから、在庫に用いる倉庫スペースや機材、管理人員などを削減し、業務コストを抑えることも可能です。食品のように賞味期限や消費期限が短い材料などを扱う工場では、廃棄量の削減も期待できます。
その一方で、生産現場でのMRPの実践には、幾つかの課題を抱えていました。まず、生産計画が変更された際の対応に手間と時間がかかっていたことです。あらゆる資材の調達の起点が生産計画であるため、その後の調達や在庫管理などの業務が、あらかじめ定まった生産計画の下で進められることを前提として管理・運営されているからです。
また、MRPの実践による生産性向上などの成果は、生産計画と在庫情報などの情報の精度に大きく左右されます。精度を上げるためには、確かな需要予測を手中にし、さらには在庫情報などの現場での入力の遅れやミスの削減が必須になります。これらを改善するためには、MRPで利用する情報を扱う現場人材のスキル向上が欠かせません。
MRPからMRP2そしてERPへ、拡大する管理対象
近年には、製造業の企業を取り巻く経営環境の変化への対応や、より効果的なMRPの実践を目指して、MRPが提唱された当初には想定していなかった新たな資材管理手法の要求が出てきています(図5)。
図5 MRPから、MR2、ERPへの管理範囲の拡大
出所:筆者が作成
まず、工場の操業を効率化するためにウォッチしておくべき項目が、資材の調達とその利用の管理だけにとどまらなくなってきています。工場で業務に従事している人員や設備なども含めた管理が行われるようになりました。資材と人員、設備などの工場操業に関わるリソースは、それぞれを単独で最適管理したのでは、全体を最適することができません。
例えば、資材の在庫を最少化するためにキメ細かく調達・供給する仕組みを導入しても、その運用に余分な人員が必要になっては、全体最適にはなりません。工場操業のリソースを総合的に管理する必要があります。
こうした要求に応えるために提唱され、既に実践されるようになった管理手法が「MRP2」と呼ばれる手法です。MRP2では、製造計画や設備計画、人員計画を基にして、工場操業の過程でのリソースの所要量を算出し、最適な調達・運用計画を策定します。
また、工場の操業を単独で最適化するだけでなく、複数拠点での生産活動、さらには販売、請求・回収、財務、人事など、企業内の多様な部門の業務を一元管理し、企業経営を全体最適化したいという要求も出てきています。経営最適化という視点から、個々の工場での資材管理のあり方を考える管理手法が求められるようになってきました。
こうした要求に応えるため、企業での経営リソースや業務情報を総合的に管理する「ERP(Enterprise Resource Planning)」を導入、実践して経営効率の向上や意思決定の迅速化を図る企業が、製造業でも増えてきています。
より高度なMRPの実現に向けた新技術
より高度なMRPの実現に向けた新技術
AIによって高精度な最適解を導き出す
より高精度で高度なMRPを実践するため、近年、MRPの領域に最新のICT技術が投入されるようになりました(図6)。そして、これまでMRPの導入・運用で抱えていた課題の解決や、より広範なユースケース、より多くの企業でのMRPの実践が可能になってきています。
図6 MRPの進化に向けて投入されるようになった最新IT
出所:筆者が作成
特に目立つのが、人工知能(AI)を活用する動きです。前述したように、MRPでは需要予測や生産計画を起点にして、最適な資材調達手法を策定する手法です。このため、需要予測や生産計画の精度が、そのままMRPの実践効果に反映されます。需要予測や生産計画の策定の精度を高めるためには、莫大な量のデータを解析する必要があります。高度で専門的な知見が求められると同時に手間が掛かり、ヒューマンエラーが入りやすい作業でもあります。このため、一度、予測や計画が定まった後に状況が変わり、再検討が必要になったとしても、人手作業では迅速に対応できない場合もあります。こうした大量のデータを扱う知的作業を、キメ細かく、迅速に行う領域こそ、AIの適用効果が最も大きくなると言えます。
人手による需要予測や生産計画の策定では、結果が属人的な経験や見立てに左右されがちでした。高精度な生産計画を策定できるベテラン従業員が退職したら、知見やスキルの継承がうまくいかず、途端に精度が低下するといった事態に陥る可能性もあります。こうした背景から、実際に、AIを活用することで、蓄積した膨大なデータを瞬時に分析し、客観性の高い見通しに基づく需要予測や生産計画を自動的に作成する例が出てきています。将来的には、AIだけでなく、影響するパラメータが多様な生産現場での計画の最適化などが得意な量子コンピュータを組み合わせて、さらなる精度向上と情報処理の迅速化を図る例も出てくるとみられています。
IoTを活用して工場の状態・状況のありのままを知る
さらに、MRPの効果を高める技術として注目され、実践例が出てきているのがIoT(Internet of Things)の活用です。MRPによって策定する資材調達計画の精度や手法の適切さを高めるには、生産現場での稼働状況や装置・設備の状態、さらには在庫状況を、リアルタイムで高精度に把握することも重要になります。近年では、単にリアルタイムで状況や状態を可視化して把握するだけでなく、将来の状況も見通して、先回りして備える資材調達計画が求められるようにもなってきました。
過去には、生産現場や資材倉庫などの状況・状態把握は、人手・目視によって確認し、データを手作業でシステムやパソコン上のスプレッドシートに入力して管理していたところも多かったのではないでしょうか。人手での管理にはヒューマンエラーが入りがちであり、しかも部門間での情報共有も遅れる場面が多くなります。こうした問題を避けるため、ライン上の仕掛品の状態と動き、倉庫内の資材在庫の状況の把握を、バーコードやRFIDで管理しているところも増えてきています。こうしたツールを活用すれば、現場情報のリアルタイム化、高精度化、部門間での共有と一元管理が進みます。
さらに近年では、生産管理システムで扱っている装置・設備の稼働状況データや、装置などの要所に取り付けたセンサーやカメラなどで収集した状態データを基に、故障時期や消耗品や消費材がなくなる時期を予測できるようになりました。時期が予測できれば、先回りして、必要な資材を調達できます。これまでは、こうした先読みした資材調達はベテラン作業員の経験に頼っていた部分でしたが、IoTを活用することで、システム化が可能になりました。
ブロックチェーンと連携して意思決定を自動化
また、暗号資産(仮想通貨)の基礎技術として知られるブロックチェーンをMRPやERPに適用して、資材管理から発注までの作業を自動化したり、サプライヤとの情報共有を透明化したりする取り組みも出てきています。
ブロックチェーンとは、取引の過程や条件、履歴などの情報を余さずデジタル化・暗号化して公開台帳に記録し、取引に参加するそれぞれの企業などが分散的に保有する取引情報に関するデータベースの一種です。取引の様子をすべてオープンにして、多くの参加者が台帳のコピーを保有しているため不正や改ざんが事実上不可能であり、取引の信頼性を担保できます。
ブロックチェーンを調達業務に活用すると、サプライヤとの間での取引を自動化できます。MRPで作った資材調達計画に沿った、サプライヤとの間での自動契約・自動発注・自動検収・自動決済も可能になってきます。極論を言えば、無人の工場で資材が不足したら、自動的に資材を調達できるようになるわけです。
もちろん、調達作業を自動化するだけならばブロックチェーンを使わなくても、自動化プログラムを導入すれば可能です。ブロックチェーンを活用するポイントは、意思決定者や決裁者がいなくても、信頼性の高い責任ある自動取引が可能になることです。こうしたブロックチェーンを活用した自動取引は、「スマートコントラクト」と呼ばれています。
クラウドへの移行で製造業ビジネスの変化に対応
また、もはや高度なICT技術とは呼べないほど広く普及していますが、クラウド型のMRPサービスの活用も広がっています。クラウド型サービスならば、オンプレミスで構築するMRPパッケージに比べて、初期投資を抑えることができたり、導入が迅速だったり、運用負担が軽くなったりと多様なメリットがあります。このため、段階的にMRPの機能向上や適用先の拡大を進めていきたい場合や、中小企業での導入などに適用しやすい形態であると言えます。
効果的かつ効率的にMRPを実践するためには
効果的かつ効率的にMRPを実践するためには
MRPの導入・運用で大切なこととは
MRPを導入・運用すれば、工場で利用する資材の発注業務を劇的に効率化できます。ただし、MRPを適用する製品、資材が適切で、現場がその運用に必要な情報をキッチリとメンテナンスできないと、効果を発揮できません。
MRPの明確な導入効果を得るには、システムを導入する際に、適用先をキッチリと選定しておくことが大切です。理想的には生産しているすべての製品、すべての資材を対象にしたいところですが、現実的には効果が出やすい対象と出にくい対象があります。生産するすべての製品、調達すべきすべての資材に適用する必要はないのです。
たびたび言及しているように、MRPの効果や精度は、必要な資材の量を計算する際のデータが正確であることが重要になります。逆に言えば、顧客に合わせた仕様や生産量の変更が予想される製品や、データをメンテナンスできないことが想定される現場には適用を避けておいた方がよいかもしれません。
また、MRPの効果的実践を目指して、運用時には生産計画を変更できる期間と変更できない期間を明確に定義しておく必要もあるでしょう。生産状況に寄り添った資材調達を行うためには、社内の複数部門の連携が大前提になります。仮に、生産計画に変更があれば、少なからず調達業務を混乱させ、生産性も低下させることを念頭に置いておく必要があります。一度決めた調達計画は一定期間凍結することを前提にして運用しておけば、混乱を最小化できます。また、緊急の生産計画の見直しがなくても、どのくらいの頻度、間隔で調達計画を見直すのかも決めていた方がよいでしょう。
まとめ
まとめ
確実でタイムリーな資材調達は、円滑で高効率な工場稼働に向けた最重要課題です。ただし、現代の工場では、消費者市場の激しい需要変動への柔軟な対応や、災害などが発生した際のレジリエンス強化も求められるようになりました。市場が求める製品を、確実に生産・供給していくための資材調達管理手法であるMRPは、あらゆる業界の工場で、時代の要請に応える体制・仕組みを整えて実践すべき有用な手法であると言えます。
また近年では、資材調達を単独で管理するだけでなく、生産に携わる人材や経営リソースの管理も念頭に置いた、全体最適化した資材調達管理が求められるようになりました。MRPはこうした要求に応える形へと進化しています。AIやIoT、ブロックチェーン、クラウドといった新しいITを駆使した新世代のMRPの導入が進み、目覚ましい成果を挙げつつあります。
RX Japan株式会社では、日本最大級の製造業の展示会「ものづくり ワールド」を東京で行うほか、大阪・名古屋・九州でも開催しております。その中でも、構成展の一つである「製造業DX展」では製造業の業務デジタル化、DXを推進するIT製品、サービスなどが出展します。
製造業の最先端事例が学べるセミナーもあるため、足を運んでみてはいかがでしょうか?また、来場だけでなく展示会への出展も受け付けております。気になる方は、お気軽にお問い合わせください。
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執筆者プロフィール
伊藤 元昭
富士通株式会社にて、半導体エンジニアとして、宇宙開発事業団(現JAXA)の委託による人工衛星用耐放射線半導体デバイスの開発に従事。日経BP社にて、日経マイクロデバイスおよび日経エレクトロニクスの記者、副編集長、日経BP半導体リサーチの編集長を歴任。
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